RX-7 スピリットR

マツダ RX-7 スピリットR タイプA
(2002年6月~現在)
2002年式、イノセントブルーマイカ、5MT
1991年はマツダロータリースポーツにとって歴史的な年となりました。
一つはこの年、マツダ787Bが日本車として初めてル・マン24時間耐久レースを制覇したこと。もう一つは形式名FD3SことアンフィニRX-7がデビューしたこと。この二つの出来事がマツダロータリーの輝かしい1991年を飾ることになりました。
RX-7として三代目となるFD3Sは、その華麗なスタイリングやタイトなコクピット、ロータリーエンジンの圧倒的なパワー、凝った設計のシャシー、前後重量配分50:50のバランスのとれたパッケージング、徹底した軽量化など、スポーツカーとしての総合的資質が高く評価され、マニアの間で絶大な支持を得ました。
しかし前途洋々だったはずのFD3Sには度重なる困難が待っていました。日本経済はバブル崩壊で高級スポーツカーの需要が激減。頼みの北米市場もスポーツカーの保険料高騰のため冷え込み、1995年をもって輸出は中止。マツダ本体も多チャンネル化のツケで経営難に陥り、採算の悪いロータリーエンジンを持つRX-7は何度も生産中止のウワサがささやかれました。
しかしながら、RX-7は根強いファンの声に支えられながら、マツダの熱血スポーツカーエンジニアによって地道に改良が重ねられ、2002年8月まで生産が継続されました。
「スピリットR」シリーズは2002年3月に発表された、FD3S最後の限定車です。スピリットRシリーズはタイプA、B、Cがあり、ワタシが購入したタイプAは、レカロのフルバケットシート、ビルシュタイン製ダンパー、大径ブレーキ&ドリルドローター&ステンレスブレーキホース、17インチBBSアルミホイールなどの走りの装備を持つ、カリカリ仕様です。
学生のころこの車に一目惚れしてからはや十年。生産中止直前になんとか最終型を新車で手に入れることができ、感激もひとしおです。このクルマだけは絶対に手放すまい、と心に誓っています。
※当時のカタログや各種資料を参照していますが、間違いがありましたら教えてください。
Last updated : 2006.04.21