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スピリットR 購入の経緯

RX-7を新車で購入したのは2002年3月ですが、その経緯は長いです。
なにしろ10年間「ほしい、ほしい」と思い続けてきましたので、思い入れもタップリあります。お時間のあるときにどうぞ。

アンフィニRX-7への憧れ

RX-7を最初に意識したのは1992年頃のことです。
この年、ワタシは免許を取得し、念願のマイカー購入に向けて、本格的に中古車雑誌を読み漁っていました。そして、その年の暮れに1989年式のファミリアを買いました。
ワタシとマツダとの縁は、ここから始まりました。

ファミリアは想像以上にスポーティで、ワタシはすっかりマツダのファンになりました。そのワタシがマツダのフラッグシップスポーツである、アンフィニRX-7へ憧れを抱くまでに、そう長い時間はかかりませんでした。

アンフィニ RX-7(1型)
アンフィニRX-7 Type R(1型)

アンフィニRX-7は1993年8月に初めてのマイナーチェンジで通称「2型」へと移行します。マツダスポーツカーらしく中身の熟成を目指したマイナーチェンジです。ワタシのRX-7への想いも強くなる一方です。

アンフィニ RX-7(2型)
アンフィニRX-7 Touring X(2型)

特にワタシの理想はBBSホイールとビルシュタインダンパーで武装し、レカロシートを奢ったカリカリモデル、タイプRZでした。願わくばワタシの好きな青でタイプRZがあったらいいのになぁ、買ったらオールペンしようかなぁ、などと一人妄想を膨らませていました。

当初限定車だったタイプRZは1995年3月発表の95モデル、通称3型からカタログモデルとなります。お金さえあれば、いつでもタイプRZは届くところにあるのです。

アンフィニ RX-7 Type RZ(3型)
アンフィニRX-7 Type RZ(3型)

しかしながら、まだ学生の分際で新車400万円、中古でも軽く300万円かかるようなアンフィニRX-7など買えるわけがありませんでした。1995年には「7の年、平成7年のうちにRX-7を買う」などと無謀な構想をたてて、ひたすら宝くじばかり買っていましたが、当たるはずもありませんでした。

マツダの経営危機と、絶えない生産中止のウワサ

そうこうしているうちに、マツダは深刻な経営不振に直面し、1996年にフォードの傘下に入りました。フォードは当然ながら、採算性の悪いロータリーなど続けたいと思うわけもなく、RX-7は生産中止の危機に直面します。まさにロータリー冬の時代です。前後してRX-7は1996年1月にマイナーチェンジを敢行しますが、当時の状況を鑑みると「この4型でセブンも終わりか」と思えるくらい厳しい状況でした。

アンフィニ RX-7 Type R-S(4型)
アンフィニRX-7 Type R-S(4型)

一方で1996年にワタシは、もう一つの憧れだったホンダ ビートを購入し、大変満足して乗っていました。中古車を3カ月探して手に入れた全国500台限定の青のビート、手放すことなどとても考えらません。RX-7はもちろん憧れでしたが、400万円は現実的な話ではないし、いつしかセブン購入のプランは消滅していったのです。

マツダはフォードのオペレーションの元で少しずつ立ち直り、RX-7も細々と、しかし地道に生産が続けられました。ワタシも1997年に社会人になり、少しずつ収入レベルがセブンの価格帯に近づいてきました。ビートを楽しみつつもRX-7への思いは忘れられず、いつしか「最終型が出たら買おう」と思うようになっていました。そして「マツダがRX-7を生産中止に」という情報がいつ流れるか、毎日ニュースに神経をとがらせたのです。

地道な改良で熟成の域へ

RX-7は「いつ生産中止になってもおかしくない」という状況ながら、地道に販売が続けられました。世はRVブーム、ミニバンブームとスポーツカーにとってはまさに「冬の時代」でしたが、毎月そこそこの販売台数を記録していました。デビューして6、7年経ってもスタイリングは色あせず、ポテンシャルも最新のGT-RやインプレッサWRXなどには及ばないものの、高いレベルを保っていました。

最初はロータリーをやり玉にあげていたフォード首脳たちも、マツダのエンジニアの熱意に躊躇したのか、いきなり生産中止、ということはしませんでした。少ない予算ながらも改良計画は継続されたようです。

そんな中、1998年12月に発表された5型には少々驚かされました。
RX-7としても初の大掛かりなマイナーチェンジで、エンジンはとうとう280馬力に到達しました。弱点の冷却系が強化され、エクステリアも変化。ここまでは理解できます。
驚いたのは5型から足回りの考え方を大きく変えてきたことです。これまでのガチガチに固めたサスから、ストロークを取りロールしつつタイヤが地面を確実にホールドするサスにセッティングを、いや大げさにいうならば速く走るためのアプローチそのものを変えてきたのです。これにより、RX-7は速さだけでなく乗り心地の良さも手に入れました。この変化は驚いたと同時に、RX-7がより大人のスポーツカーを目指し始めたような気がして嬉しく思いました。

もう一つ個人的に嬉しかったのは、5型で新色「イノセントブルーマイカ」が登場したことです。この青は角度によって紺にもスカイブルーにも見える神秘的な色でした。ワタシはこの青にすっかり惚れ込み「買うなら絶対青のセブン」と心に誓ったのでした。

ただし、残念ながら5型でタイプRZがカタログから消えてしまいました。よって理想である「青のタイプRZ」は実現せず、よってRX-7を買うのはもう少し待つことにしました。

RX-7 Type RS(5型)
RX-7 Type RS(5型)

2000年10月には6型へと移行し、あのタイプRZも限定車ながら復活しました。
正直、これにはかなり心動かされました。「BBSホイール」「ビルシュタインダンパー」「レカロシート」というRZお約束の「BBR3点セット(笑)」が特別装備。しかも限定175台! もし好みの青だったら間違いなく飛びついていたでしょう。

6型RZでRX-7は熟成の極みに達します。あの黒澤元治さんをして
「現行のRX-7ではこれ以上直すところはない、というところまで来た」
Best Motoringで言わしめたほどのレベルに到達したのです。

RX-7 Type RZ(6型)
RX-7 Type RZ(6型)

こうして立ち直りかけ、無事に21世紀を迎えたRX-7ですが、再びピンチが訪れます。

2002年排ガス規制

2001年9月にインターネットの掲示板で大変有力な情報が流れました。
「2002年8月の排ガス規制で、日本のスポーツカーが多数生産中止になる。
どうやらRX-7も含まれているらしい」

さすがに今度こそ生産中止だ、とワタシは直感しました。今まで何度もウワサは流れましたが、今度の「2002年排ガス規制」はかなり信憑性のある理由に思えたのです。

生産中止になればRX-7の中古車相場が値上がりする懸念があります。まさに先代RX-7(FC)生産中止直後の再現か? 当時すでにビートは5年乗った後に売却しており、RX-7を買う準備は整いつつありました。ワタシはRX-7の中古を探し始めて、よい物件があれば買おうと決心しました。

RX-7の中古車探しは困難

ところが、程度のよいRX-7の中古車を見つけるのが、困難を極めました。
ワタシのターゲットは「5型以降、タイプRS、イノセントブルーマイカ、走行が少なくてフルノーマル」という設定だったのですが、なかなかこれに適合する車が見つかりませんでした。全体的に相場も高いし。

しかし、ワタシもセブンには思い入れがあり、条件は譲れません。
一度だけ「平成13年式、青、走行6000km、ノーマル、BBSホイールつき」という中古車を買うチャンスがあったのですが惜しくも逃してしまい、結局買えないまま2001年も暮れを迎えてしまいました。車がないのも辛いので、とりあえず、当時リセールバリュー抜群のインプレッサWRX(GC8)をつなぎで買うことにしました。これなら値落ちを気にしなくてよいので、じっくりとRX-7のタマを探すことができます。

新車もターゲットに…。そして契約!

2002年になり、予算も増やして引き続き中古車を探しつづけましたが、やはり見つかりません。当時、新車は高いのであまり考えていませんでしたが、2月にディーラーも覗いてみました。すると担当営業さんが「ここだけの話ですが、この春にタイプRZベースの最後の限定車が出るらしいですよ」と耳打ちしてくれました。またカタログモデルのタイプRSは在庫整理に入るので、大幅値引ができる、とも聞きました。

この時点でワタシの中に、新車も含め3つの選択肢が生まれました。

  1. 中古、13年式あたりの青のタイプRSをじっくり探し、買う
  2. 新車で青のタイプRSを買う
  3. ウワサの最終限定車を新車で買う

2月下旬頃、最終限定車のスペックが少しずつ明らかになり、タイプRZベースで「青」が選択できることがわかりました。ワタシにとってこれは大きなインパクトがありました。というのは、今までのタイプRZは黒、ないし白で色が選べなかったのですが、今度の限定RZはワタシが一番好きな青が選択できるようになったからです。

いつしかディーラーとは頻繁にコンタクトを取るようになり、3月2日(土)には最終限定車の詳細スペックを入手しました。見積も出してもらい、その晩じっくりと考えました。

選択肢1は一番安く済むのですが、さすがに1、2年落ちの中古車などなかなか見つかりませんでした。しかも私の条件は「青」「RS」「どノーマル」でしたので…。また生産中止が正式にアナウンスされるであろう3月下旬以降は、中古車相場の高騰も懸念されたので、残された時間はあまりありませんでした。ちなみに、首尾よく中古車がみつかった場合、支払総額は330万円程度です。

次に選択肢2ですが、4月以降、タイプRS, R, RBといったカタログモデルがラインナップから消えるため、RSの在庫車は、車体価格の10%以上とかなりよい値引き条件で購入することができました。ただし、依然として中古車で買うよりは多くの予算が必要でした。BBS17インチホイールをオプション装着する場合、支払総額は420万円程度です。

そして選択肢3です。究極の理想である「青のタイプRZ」が選択できます。レカロとBBSがつくだけでもかなりスペシャルです。でも、新車価格が高い上に値引は0円とディーラーも超強気。支払総額は460万円と、選択肢1、2に比べハネ上がります。

そこで選択肢1と3、2と3でタイマン勝負をしてみると、まず1と3では、資金さえ調達できるなら3の圧勝です。1はそもそも中古車のタマが出ないと話が進まないし…。

次に2と3で対決。金額の差は約40万円ほどです。しかし3ですと、タイプRZの足回りとレカロシートが標準装備で、かつ限定車のプレミアム感も味わえます。というわけで、40万円の価格差以上に3にバリューがあると思いました。値引0円というのが気に食わないものの、10年間ほしかったRX-7ですし、ここまできて妥協はしたくない、という思いもありました。

そしてなにより決め手となったのは、ずっと理想としてきた「青のタイプRZ」が選べたこと。これが決定的な後押しになりました。ということで、かなり無理をしましたが、思い切って選択肢3、つまり最終限定車の新車購入を決心したわけです。

翌3月3日(日)、ディーラーに行き、予約金5万円を支払って、ハンコを押してきました。
あーあ、押しちゃった。初めての新車! これから楽しい車生活と、地獄の金欠生活が始まる…。本当にこれでよかったのかな…。
なんとも言えない気分で帰宅したのを覚えています。

最終限定車「スピリットR」納車待ちの日々

2002年3月25日(月)、マツダから最終限定車のプレスリリースが発表されました。

→ プレスリリース:RX-7最後の限定車「スピリットR」シリーズを発売

RX-7 スピリットR
RX-7 スピリットR

モデル名は「スピリットR」。RZの名前が入らなかったものの、なかなかカッコイイ名前と思いました。装備内容などは営業さんがこっそり教えてくれた通りでした。

その後4月から5月にかけて、各種自動車雑誌にスピリットRが登場し、チタニウムグレーのタイプAが颯爽と走る姿が掲載されました。そして各記事には必ず「まだ間に合うかもしれないから欲しい人はディーラーに急げ」などと書いてあり、ワタシはそうした記事を見るたびに「オレもう予約しちゃったもんねー」などと悦に入っていました(爆)。

マツダの掲示板をちょくちょく見るようになったのもこのころからです。ここは情報が早いのですが、同じようにスピリットRをオーダーされた方の納車情報を聞くと、いよいよ胸が高まりました。情報によれば、スピリットRで早期に注文を受けた分は、まず台数の少ないタイプC、Bから順に納車され、その後でタイプAが納車されたようです。そしてワタシのスピリットRの納車は5月末ごろ、と営業さんから伝えられ「もういくつ寝ると~♪」と歌いながら毎日待ちました。

納車待ちは結構長かったので、その間に「オプションはCDチェンジャーとチタンペダルだな。フヒヒ」「希望ナンバーはもちろんXXXで決まりでしょ!」「セキュリティも考えておかないと」「慣らし運転はこのプランで完璧だ!」などと、納車への心構えを進めていました。こういう時間もまた、楽しくて楽しくて仕方がないものです。

運命の納車日、2002年6月3日

その日はすでに初夏の陽気がただよう、よく晴れた日でした。日韓ワールドカップが開幕し、明日はいよいよ日本vsベルギー戦、という日本中が少し浮き足立った日でもありました。その中でも、ワタシの浮き足立ちぶりは尋常ではありませんでした。

当日は月曜日でしたが、どうせ朝から仕事にはならないし(爆)、ワタシは15時にカイシャを早退して納車に立ち会いました。ディーラーには17時頃到着。そして、我がRX-7と感動の対面を済ませました。なにしろ初めての新車ですし、思い入れタップリのセブンですから、感激もひとしおです。大げさに言えば「10年来の夢・実現」の瞬間でした。

RX-7 スピリットR タイプA(イノセントブルーマイカ)
RX-7 スピリットR タイプA(イノセントブルーマイカ)

ディーラーを出たあと、まっさきに寄ったはガソリンスタンド。まずはガソリンを満タンにして、燃費を計測するセットアップをしました。しかし、慣れないスポーツカーゆえ給油口の開け方がわからなくて(セブンの給油口のスイッチ、ちょっとだけ特殊なので)、ちょっと戸惑ったものです。ドアは厚くて降り辛いし、ピカピカなもんだから注目度はすごいし、緊張してるし、かなり冷や汗かきながらの給油でした。

その後直ちに、いつもお世話になっている磨き屋さん、秋田さんがいる晴海のオートウェーブに行き、ボディコーティングをお願いしました。もちろん、当日の一連の流れは、すべてあらかじめ打ち合わていたとおりです(笑)。

いったん家に帰って夕食をとり、23時頃に再度オートウェーブに出かけました。
我が子は完璧にボディコーティングされて、まばゆいばかりの妖艶な色気をムンムンと発散させていました。まあ、もともと新車でキレイなので、コーティングで蘇った、ということではないのですが、あまりにピカピカな愛車に「このままラップして冷蔵庫に入れて永久保存したい」などと思いました(笑)。

1991年のデビューからはや11年。幾多の困難を乗り越えてこの奇跡の名車を継続して生産し、最後にワタシの理想とする「青いタイプRZ」スピリットRをプレゼントしてくれたマツダには本当に感謝しています。このクルマは生涯の友として末永く付き合ってゆこうと心に誓った納車日でした。

Last updated : 2007.08.07